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 人間工学



□ 人間工学のあらまし



− 1 − 人間工学の定義



産業革命以来、機械の進歩はさまざまな便利さをもたらしました。

そのため機械が進歩するほど、人類は幸福になると信じられてきました。

そして、機械の進歩と共に、人間も平行して進んでいると考えられてきました。


しかし進歩していたのは機械の方だけで、それを扱う人間の肉体は、もとのままでした。

そのことは、機械のスピードが増し、メカニズムが複雑になるにつれ、もはや人間は機械に追いつけなくなったことから気が付いたという意味です。


人間と機械の間に生まれたこの谷間を、何らかの方法で埋めない限り、機械は人間にそのその能力を超えた働きを要求します。

そのため、交通事故をはじめとする、さまざまな事故や災害が起こるおそれが出てきました。

そこで機械や装置をつくるにあたっては、まず使う側の人間の能力をよく知って、それに合わせて設計すべきだと考えられるようになりました。

これが人間工学が生まれた理由で、人間と機械との繋がりをうまくしようというのが基本になる思想です。

人間工学には、いろいろな立場からの定義がありますが、普通には、人間の作業能力とその限界とを知って、仕事を人間の生理、心理学的な諸特性に適合させていく科学というように理解していいです。

この学問は、先の大戦中にアメリカで始まったものですが、戦後ヨーロッパでもイギリスやドイツなどを中心に研究が進められました。

アメリカではヒューマン・エンジニアリング(Human engineering)と呼びますが、ヨーロッパではエルゴノミックス(Ergonomics)と呼ばれることが多いです。




− 2 − 人間工学の応用



第2次世界大戦中に、軍事上の要求から、従来には予想もつかなかったような異質の技術が結びつくことになりました。

人間工学は、そうした境界領域に誕生した学問の一つです。

戦後はそれが広がって一般の産業の中に取り入れられるようになりましたが、さらに最近では、ごく身近な暮らしの中にまで応用の範囲が広がっています。


現在のところ、人間工学が産業の場で最も広く応用されているのは、環境の改善、作業手順の改良、安全の対策の分野においてになります。

一方、これとは別に、人間工学は機器を設計する立場においても有効に役立ってきました。したがって、これまで人間工学の研究は、主として上に述べた各分野において進められてきました。今後、それらについて簡単に説明します。



(1) 産業の分野における応用


1、環境

人間の作業活動は、環境によって左右されますが、環境が悪くなれば、作業状態は悪化します。

したがって、環境が快適なら作業量はそれによって上がりそうに思われるが、必ずしもそうとは限りません。

しばらくすると能率が低下してくる場合が多いです。

人間は下界の影響を受けるだけでなく、周囲の環境に適応する能力を持っています。

しかし、時間が長引いたり、条件が厳しすぎたりすると、ついには適応しきれなくなって生理機能は均衡を失い、平常の状態ではなくなります。

人間工学の課題は、人間の機能が快適に動き得る範囲を見つけて、それに合わせて、人為的に環境を制御するように設計していくところにあります。



2、安全

事故や災害が発生する原因の中には、人間と機械がうまく融合していないために起こる場合がしばしばあります。

事故を防止する手段としては、適正を持たない人間を排除して、適正を持った人間だけを配置するというやり方があります。

しかし、人間工学の立場では、まず人間 - 機械系の中で融合していないところを見つけて、機械の側に改善を加えるという態度をとります。

なお、これと平行して、人間の諸特性について研究し、人間の側からも適応能力を身につけて、安全の効果を高めるように努力する方法もとります。



3、作業

作業の空間は、知覚の立場でとらえると均質とは言えません。

たとえば、視覚についていえば、中心部と周辺部とは見え方の精度が違うし、見えやすいところと見えにくいところとの違いがあります。

聴覚についても同様です。機械自体は、その位置が変わっても能率が落ちることはありませんが、人間は空間的な位置が変われば、作業能力に違いが出てきて、能率も落ちるし、事故も発生し易くなります。


また空間の大きさは、機械はそれ自体の収まる大きさでいいですが、人間はゆとりの空間を必要とします。

そのため人間と機械を組み合わせた空間は、人間の動作と機械の空間にさらにゆとりを加え、作業の能率が上がるように計画されなくてはなりません。

そのため人間の動作特性に合わせるほかに、精神的なゆとりを考慮して、空間の中における位置を決めることが大切です。



(2) 機器設計における応用

機械を使うのは人間ですから、機械は人間が使いやすいように設計されていなくてはなりません。

そのためには、人間の特性に合わせることが必要ですが、人間は肉体的にも精神的にもばらつきが大きいです。

そこでばらつきの実態をとらえて、これを数量的に表示する手段が必要になってきます。


人間工学は、そのための有効な手段として役に立ちます。

人間工学を応用すれば、機器を使いやすくつくることができるので、別な言い方でいえば、「使い勝手の科学」というように考えてもいいわけです。


機器を設計する場合に構想をまとめるには、人間の諸特性にもとづく客観的な資料を集めて素案をつくり、それに設計者の発想を加えて計画をすすめていけばいいわけです。

従来は機械は機械として、人間は人間として別々に考えられていましたが、人間工学はこの2つを結んで人間 - 機械系として考えていこうとするものです。

したがって人間工学の基礎は、「人 - 物系の考え方」にあるといっても過言ではありません。


現段階では、人間工学を建築やインテリアに応用する場合、対象となる研究の分野を記すと、おおよそ次のようなものです。

1、人体寸法・動作空間に関するもの。

2、人間の能力に関するもの

3、知覚に関するもの

4、歩行圏・行動パターンに関するもの

5、群衆行動・群衆流動に関するもの

6、建築安全な関するもの

7、身体障害者の環境設備に関するもの

8、標識・標示等の情報の標準化に関するもの

9、設計への応用技術に関するもの

以上のうちから、いくつかの項目を選んで、紹介します。




− 3 − インテリアと人間工学


人間工学は、人間-機械系を対象とした学問ですから、人体に接した身近なところほど問題は多いです。 

建築の分野についていえば、室内の設備やその中におかれた機器に近いところが、主要な応用の対象となります。

いま建築計画と人間工学との関係を、農業を例にして説明すると次のようです。


農作物は天候に支配されるものであるから、気象とは切っても切れない関係にあります。

ですが、気象学によって農作物を栽培できると考えるのは早計です。

なぜなら、いわゆる気象学は、地表面からはるかに離れた上空の、もっと大きな天候を対象にした学問だからです。

地表面に接して農作物の生えているところでは、森や丘や集落などに影響されて、大気とはかなり違った気象条件を示し、農作物の生育は主としてそれに支配されます。

そこで、農業のためには、微細気象学(ミクロクリマ)という、もっと対象に密接した学問が別に独立して存在します。

建築においても、ミクロクリマに相当するきめこまかい計画の手法で、建築計画を補うようにすれば、より使いやすい建物をつくることが可能になります。

この人間に接する部分を、きめこまかく埋めていく手法の1つが人間工学です、というように理解すれば、人間工学の役割は一層はっきりしてきます。


なおここで、人間工学の効用と限界について触れておきます。

これまで設計の基礎資料として研究されてきたさまざまなデータは、主として分析的な学問の系列に属するものが多かったです。


ところが設計というのは、総合と分析の過程を繰り返しながら、一歩ずつ目標に近づいていく技術ですから、分析的なデータがそのままの形で設計に使えるとは限りません。

そうした場合、人間工学は視点を変えて人間の側から見直し、設計とデータを結ぶ橋渡しの役割を果たすものと考えてもいいわけです。

しかし、人間工学だけが優先しても、設計にはならないことに注意しなくてはなりません。


人間工学は設計にとって必要な要素ではありますが、それだけでものが出来上がるわけではありません。

つまり、人間工学は必要条件ですが、十分条件ではないということです。

人間工学は、設計のための基礎資料をつくるのに役立つことは先に述べましたが、もう1つのチェックの手段としても有効に役立ちます。

設計を注意深く進めて、機能的に欠点のない製品をつくることは、望ましいことに違いはありませんが、どんなに注意をしても、すべての要求条件を落ち度なく盛り込んで、バランスのとれた設計をすることは不可能に近いものがあります。

思わないところで抜け落ちる項目もあるだろうし、相反する要求を、どのようにして妥協するかで迷うこともあるでしょう。

そうしたとき人間工学はチェックの手段として有効に役立ちます。



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