■ [ 自分が好きなモノは好きなモノ! ]
「この空間に、本当に必要なモノはなんだろう?」
考えるまでもなく、その家の主役は自分自身です。自分たちが中心になって、そう、人生をめいっぱい楽しみたい!
あなたにとって、本当に必要なモノは何ですか? 本当に欲しいものは?
肩の力を抜き「素」の自分に戻って、そう心に問いかけてみて下さい。
一番大切なのは、自分自身が気持ちいいことです。
そのための知識であったり、その実践、ディテールの積み重ねで、やがて自分だけの空間が創れて、そして自分の「家」ができあがります。
自分の空間に置く、家具、雑貨、そのひとつひとつに至るまで徹底してこだわることは、あなたにとってすっごい楽しいことでしょう?
だってねぇ、ひとつずつ自分の手で触れて自分の目で選んで、ゆっくりとお気に入りを探し出す楽しみを止めてしまうなんて、ホントもったいない!
近頃は、ライフスタイルもすっかり様変わりしてきて、「個」を大事にしたいと願う気持ちがそのまま、自分の好きな空間に反映されてきています。
比較的若い年代で自分のマイホームを持つことを望み、その相談も多く寄せられます。
家を一つの夫婦の共通の空間と考えるのならば、家具にしろ色目にしろ、統一感を持たせたいと思うのは当然と考えるのはごく自然なことです。
でもちょっとアドバイスをさせてもらうなら、それぞれが「揺るぎない好み」を持っているとすると、それをわざわざどちらかの「好み」に無理して合わせるのは、かえって逆効果になります。
もともと男と女の日常は違います。ふたりで過ごしながら、一人暮らしの贅沢が味わえるとしたら「めっちゃ良い」ことじゃないですか?
奥さんは木のテイストが大好き! それでもって独身時代は「北欧家具」を好んでコーディネートしていました。
でもご主人はまったく違う雰囲気が好きです。どちらかと言うとクールで無機質な感じが落ち着きます。正直に言うと、北欧家具の、なんというか「フェミニン」な感じがどうも気に入らないのです。
そんな二人の好みを融合させるなんて、最初から無理があります。時としてその好みとは、自分自身の「生きている証」のようなものに変化する場合がありますからね。
でも実際は、その通りなのかもしれませんが。
それならば無理矢理ちぐはぐな合体(笑)を求めなくても、例えばリビングを挟んで、それぞれが個室を持ち、それぞれの寝室とバスルームを持っても良いわけです。
他人から見ると、「家庭内別居」って思われてしまう?
他人の目なんて、それこそ男と女にとっては「どうでも良い」ことでしょう?
「本当に必要なモノは何だろ?」
それを自分で考えて実現していくって、ホントおもしろいものです。
そして、それに気づくのは、何歳からでも遅くはありません。
今すぐにそれは見つからなくても、ゆっくりと自分のペースで探せば良いんです。
家具は、そろえた後も楽しいものですが、自分のお気に入りを見つけるまで、テクテク・テクテク歩む過程もきっと楽しいはずです。
お仕着せの家具屋アドバイザーのセオリーや、TVに出てくるインテリアコーディネーターの勝手な思い込み、有名風水師の商売トークなどに惑わされる必要はありません。
もちろん、この家具FUNにも(笑)
自分が好きなモノは好きなモノ!
その気持ちを大切にして下さい。
「おはよう!」 「お疲れ様。」 「おかえり!」 。。。。。。。。
大好きなあなたの家具たちは、きっとあなたに語りかけてくれます。
「ありがとう!」って。
※最近なんだか、「暗い」内容のメールが多いなぁと感じている、Y
a b u c h からの提案でした(笑)
■ [ そして俺っちも、あんたもね ]
上記のメルヘンチックな雰囲気からうって代わって(笑)、今度は生々しい現実世界のお話し。
「ねぇ Y a b u c h さん。今後どう考えたって世の中は良くならないですよね。だって、地震・台風・雨あられ。殺人・強盗・雨あられ。戦争・戦争・雨あられ。世の中、どんどん悪くなっていってますよねぇ。」
「ねぇ?」なんて言われても、ねぇ(笑)
それなら何かい? 過去の歴史を振り返って、そんなに賛美されるような時代があったかい?
「民(たみ)」なんてものは、いつの時代も虐げられてきたんだぜ。
南北朝時代以前では、民なんてなぁ、厳しい税の取り立てや戦で、それこそ飲まず食わずだったんだぜぃ。
でも、楽しみと言えば、田楽・猿楽なんてものが生まれて、芸能として民の心を癒していたなぁ〜。
戦国時代はどうだったんだい? あの時代は戦・戦に明け暮れていたんだぜ。あの時代の戦は、敵の首を取った数だけ腰にぶら下げて、その数の多さで恩賞が決まっていたんだぜ。
そんな非合理的なことも含め、根底からこの時代を覆していったのが織田信長ではあるんだけども、その信長でさえ、下克上で殺されてしまうんだぜぃ。
でもこの時代こそ、己の才覚があれば、どこまでも上に昇っていくことができたなぁ。
戦のない、江戸時代はどうたったって? てやんでぇい!
戦はなくても、武士は土地にしがみついてはいるものの、何も生産はしないんだぜ。政事はしても、食うことや使うことばっかりで、民にとってちっともプラスにゃならねぇよ。
第一、この時代の武士にしろ、現代のサラリーマンより過酷で厳しい生活だったんだぜ。いくら現代のサラリーマンが過酷だ・過酷だと言っても、江戸時代の武士に比べりゃ、「屁」みたいなもんだぜ。
でも商売が商売としてやっとこさ、自立していけた時代なのかもねぇ〜。
明治維新以降はどうなのかって? そりゃ維新の時代は「男」にとっちゃ「働き場」としては「憧れ」の時代だったのかもしれねぇ。てめぇの命をかけて語れる時代だったからねぇ。
でもどうだい? あの時代、きら星のこどく輝いた巨人どもは、ある者は維新前夜に倒れ、ある者は産みの苦しみで倒れ、またある者は維新後に倒れ、世に知られていない獅子の名をあげりゃ、それこそ、それこそ、ちくしょうめ、涙が出てきやがったぜい。
でもどうだい、その屍の上にやっこさ「日本国」が出来あがったんだぜ。アジアで唯一欧州列強の植民地にならなかった国としてさぁ。
それ以降はもう語るまでもあるめぇ、戦争・戦争・また戦争でい。世界に目を向けりゃ、それこそ目を覆いたくなるような悲惨な歴史ばかりでい。
でも、「光」はなかったってのかい?
そんな過去より、今の方が悪いってのかい? これからもっと悪くなるってのかい?
冗談じゃないよ。
今の時代、何でもモノを言えるだろぅ。何でも好きなことができるだろぅ。腹一杯、飯も食えるだろぅ。てめぇの命を的にかけるなんざぁ、もうこの時代、めったにないことだろぅ。
幸せなんじゃないのかい?
もし幸せじゃないって奴がいるなら、そんな奴は「馬に蹴られて死んじめぇ。」
一生懸命、今を生きていない証拠じゃねぇか。冗談じゃないよ。
えっ、家具FUNのくせして、わけの分からないことを言うなって。
ちげぇーよ、ちげぇーよ。近頃多いのよ、勘違いのメールがよぉ。
「仕事で認めてもらえない。」 「好きな仕事をさせてもらえない。」 「自分の提案が通らない。」なんてのがよぉ。
違うだろって、お前。そんな苦労、それこそ「屁」でもねぇやな。そんなんで辛いなんて言ってたら、時代に失礼だってなもんよ。
時代に呑まれて倒れていった者たちに、なんて言うんだい?
でもなぁ、この時代、「男」のありようも変わったねぇ〜。
雪印の経営者にしろ、三菱の経営者にしろ、UFJにしろ、上げりゃキリがない。
そしてプロ野球の経営者側。見てて、「反吐」が出るねぇ〜。
勘違いしちゃいけねぇよ。経営者として経済状況も踏まえ、リストラ・縮小はよく分かる話しさね。
でもね、やり方言い方、姿勢が感心できねぇ。って言うか、バカじゃねぇかってね。
なんで自分の首を自分で絞めるような真似をするのか、訳がわかんねぇ。
俺っちのまわりじゃ、一人でさえ経営者側に見方する、経営者なんていないさね。当たり前だけどね。
まるで、今の家具・建築・デザイン業界を見ているようだねぇ。そっくりだよ、バカさ加減がさぁ。
なんで「良いモノは良い。」 「悪いモノは悪い。」って素直に言えないのかねぇ。
でも悲観したり、諦めたらダメだよ。
いつの時代も、「光」は必ず見えるものさね。
いつの時代も、「天は、誠実な努力とひたむきな決意を、決して無視しない。」
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