■ 住宅政策と住宅産業
□ 住宅産業・インテリア産業・リフォーム産業
− 1 − 住宅産業
住宅産業は、工業化の技術を応用して良質の住宅を作り、安価に供給しようとするものですが、それに対して国が採った施策の流れで説明すると解りやすいと思います。
概要に触れるのみとなりますが、現在わが国の住宅のストックのかなりな部分は、これらの技術の応用によってつくられた家の総合計とみなすことが出来ます。
主要なものを取り上げて説明してみます。
(1)パイロットハウス技術考案競技
昭和40年ころから住宅産業が始まりましたが、初期には欠陥を持つ住宅も少なからずありました。
そこでプレハブ住宅の品質を高めようという目的で始まったのがこのプロジェクトでした。
それは戸建と集合住宅のメーカーに応募させ、審査に合格したものにパイロットハウスのマークをつけて販売させるというものでした。
このプロジェクトは、初期のプレハブ住宅の質を向上させる上でかなり効果がありました。
(2)新住宅供給システム開発プロジェクト
これはハウス55の名称で親しまれたプロジェクトです。
その内容は昭和51年から5ヵ年をかけて、100平方メートルでセントラルヒーティング付きの家を600万円で庶民に供給しようというものでした。
このプロジェクトは55年に終わって、木質系と鉄骨系とコンクリート系の3種の家が売り出されました。
こうしたプロジェクトを進める間にも、工業化の技術は、次第に一般の住宅建設にも取り入れられるようになってきていて、工業化は大きく進みました。
(3)CHSの開発(住機能高度化推進プロジェクト)とKEP
CHSとはセンチュリーハウジングシステムの意味で、一世紀もつ耐久性のある家をつくろうという技術開発です。
住宅というのはどこもかしこも、同時に駄目になるというものではないですから、電気製品のように、傷んだ部分だけ取り除いて交換できるようにしておけば、寿命はずっと長くなるはずだという考え方です。
住宅生産の工業化を進めている間に、色々な住宅部品が開発されていきましたが、それらを交換できるようにするには、モデュラーコーディネーション(寸法調整)と接続部分の標準化が必要となります。
それを開発したのがこのプロジェクトですが、これはすでに、公団や公社のような公共住宅に適用されて効果を上げていました。
次にKEPというのは、住宅公団が開発した工業化の技術で、躯体の内部を凸凹のない箱型につくります。
この空間はモデュールが統一されていますから、その中はあらかじめ工場で作った内装部品を持ち込んで、現場ではノコギリもカンナも使用しないで、内装が出来上がる、というものです。
つまり、室内は可変住空間になっていて、住まいの変化に合わせて、自由な間取りにつくり変えられる方式、というふうに解釈すればわかりやすいでしょう。
(4)可変住空間と内装システム
住宅公団が初期に作った集合住宅の大きな特徴は、食寝分離にしたことです。
それらは当時においてはnDKで呼ばれたように規格化されたタイプでしたが、建物の構造技術の進歩にともなって、あらかじめ大きな住空間をつくり、その中を工業化による部品で自由に間仕切る、という手法がとられるようになりました。
その隔壁に当る部分に、色々な設備機械を組み込んでおけば、工事は容易で工業化の効果はいっそう大きくなります。
その部分を更に多様化して、躯体の中にはめ込めば、造作工事はほとんど終わって、家が完成するというのがこの内装システムの考え方です。
(5)住宅部品とBL
住宅部品の歴史は昭和30年代までさかのぼることができます。
当時は公共住宅用規格部品は(KJ部品)と呼ばれていました。その後種類も増え生産量も拡大し、産業として確立する態勢にまで進みました。
そこで新しく開発された住宅部品を中心に、品質、性能、価格、アフターサービス等の優れたものを選んで、優良住宅部品として認定する制度が生まれました。
当初は建設大臣の認定としてスタートしましたが、昭和62年からは(財)ベターリビングが認定を行っています。
認定された製品にはBL(ベターリビング)のマークが張られることになっています。
(6)住空間産業
以上に述べてきたような経過を経て、家をつくる技術は大きく変わってくることになりました。
始めは住宅産業といえば、丸ごと一軒の家を作ることを意味していましたが、現在では骨組みをつくって、その中に多種類の住宅部品を集積すれば、住宅は完成するという形に変わってきました。
住宅生産の工業化の歩みの中から生まれた最大の成果の一つは、良質の住宅部品が開発されたことでした。
バスユニット、システムキッチン、収納間仕切り、内装システムがそれにあたります。
これらは日本で独特の発展と遂げ、住宅の質の向上と工期の短縮、建設費の低減に大きく貢献してきました。
住宅部品は又、住宅の作り方さえもかえるほどの効果もありましたが、一方においても問題が出てきました。その1つは作る側と使う側の要求の食い違いです。
メーカー側は、できるだけ少ない種類で生産するほうが有利です。
ユーザーの側は多種多様な要求をされます。さらにまた地方性に合ったものでなくては困ることもでてきます。
この食い違いを埋める必要がありますが、それを満足させる流通の方法として、住空間産業が生まれてきました。
それは次のようなものです。
幸いにしてわが国にはタタミという大きな尺度があって、全国的に部屋の広さはほぼ何種類かに統一されています。
そこで居間とか寝室とか子供部屋といった、住空間ごとにひとまとめにした、半完成品の商品群を供給すれば、組み合わせを変え、それぞれの好みに合わせて、住宅に組み込むことが可能になってきます。
またその供給方法は新築の家だけでなく、増改築の家にも応用できるとい便利さがあります。
住宅部品の流通はその後のこの形をとって広く普及しました。
(7)住宅産業の長期ビジョン
昭和57年度に通産省は「住宅産業の長期ビジョン」という報告書を発表しました。
これはわが国の住宅産業が今後いかにあるべきかという通産大臣の諮問に答えて、産業構造審議会住宅部会がとりまとめたものです。
その中で、住宅政策のあり方に対して次のような趣旨のことが述べられています。
これまで、住宅政策の基本になっていた考え方は、良い住宅を作って供給すれば、すべての人が幸福になれるというところにおかれていました。
しかし、よく考えてみると、よい住宅をつくるということと、豊で幸福ができるということとは、実は違うことではないのか。
とすれば住宅政策は今後は「住政策」と呼ぶべきですね。
その「住政策」の中にソフトとハードの両面があるべきですが、これまではハード面だけが取り上げられていて、ソフト面の研究が欠けていたのではないか、という反省です。
その意味するところは、音楽を例にして説明すると解り易いでしょう。
これまで名器を作ってばら撒けば誰でも名曲が作れると考えていました。
ですが、名器を作るということと、名曲を作るということは全く別の次元の問題です。
その名曲を弾くという研究が欠けていたから、まずははじめにどのように住まうべきかという「住まい文化」の哲学を研究して、その哲学の物差しに合うように家を作るべきであるとしました。
つまり、住まい文化の中のハード面だけをとらえて住宅政策とよんでいたのでは正しくない。もっとソフト面を重視すべきではないのか? と提案したのです。
そこで通産省は、建設省と協力して昭和57年から「住まい文化キャンペーン推進運動」を始めました。
尚、ここで「住まい文化キャンペーン推進運動」が残した成果について触れてみます。
従来は住宅の質と言えば、広さと材料の良し悪しが中心になる考え方でした。
しかしこの時期からソフト志向に変わってきました。住宅メーカーの中で、ソフトに関する研究組織を設けるところが増えてきたのもこの頃からでした。
言い換えれば雨露をしのげればよいという住宅の時代から、人間に合う自由宅の時代へと流が大きく変わっていきました。
なお、この報告書の中にはもう1つ大事なことが書かれています。
それは住宅産業の技術的解決の方法として、次のような提案がなされています。
住宅産業のねらいは、高度工業化の技術を住宅生産に導入するところにありました。
しかし、実際にそれをやってみたところ、住宅には自動車のように単純な量産化では解決できない難しさのあることが解ってきました。
自動車は一日に数時間しか乗りませんが、住宅はその中に生活が入っているから、根本的に大きな違いがあるからです。
とすれば、住宅産業の今後の向かうべき方向は、手作りの構法と工業化の中間にあって、両者の良いところを取り入れた部品化住宅の方向であろう、と書かれています。
現在の住宅産業はその方向に進んでいると考えられます。
(8)家づくり’85プロジェクト
それぞれの地方には固有の文化があり、また風土にあった木造住宅がつくられています。
それを活性化するには、地域の文化と風土に合った木造住宅の質の向上を図らなくてはなりませんが、それには良質の住宅部品を供給するシステムを作らなければなりません。
それはまた、地場産業に密着した、中小企業の育成にも役立つものと考えられます。
この考え方は、建設省が58年度に実施した「家づくり85」プロジェクトに採り入れられました。
一方、住宅部品も順次改良が加えられ、その種類が多くなり、ついには内装システムの考え方が生まれるまでに発展しました。
それは1戸分の住宅部品をまるごと含んだものの意味です。
こうなると住宅部品はまさに住空間を構成する要素そのものに当ることになります。
「住空間産業」は以上に述べたような経緯を経て、急速に発展していきました。
− 2 − インテリア産業
家を新築するとき、欧米では建築費の20〜30%程度を家具などのインテリアエレメントにあてるといわれています。
日本では普通5%ぐらいで、多い場合でもせいぜい10%どまりというのが実情のようです。
住宅の質はインテリアの充実の度合いではかることができるという意見もあります。
わが国も今後、より質の高い住宅を目指すとすれば、これからは、インテリアの向上にも力を入れなくてはならないと思います。
そこで、通産省は、昭和48年にインテリア産業振興対策を取り上げ、そのための委員会設け、以後10年以上にわたって振興を図ってきました。
当初の頃は、インテリア産業といえばテキスタイル業界のことを意味していましたから、現在からすると、まさに昨今の感があります。
その後の20年ほどの間にインテリア業界は、バラバラのエレメント製造業界から、トータルインテリアの方向へと発展していきました。
「インテリアショップ」が増え、「DIYショップ」が増え、さらに大規模なインテリアマートも数多く出現しました。
先に住宅産業は20年の間に部品供給の形に変わってきた経過を述べましたが、それはまたインテリアブームと結びついて、順次産業としての基盤を固めてきたのです。
そうした事態に対応して、通産省は、インテリア産業界の必要とする人材を育成するために、昭和58年に、インテリアコーディネーターとDIYアドバイザーの資格制度を発足させました。
ここで、インテリアが何故急速に注目されるようになったかの理由について考えてみましょう。
日本の建築学は、明治以来長足の進歩を遂げていました。
いまや世界のトップレベルに位置することは何人も認めるところだと思います。
ですが、その中で住宅建築について言えば、それは片隅に置かれていて教育の重点は、シェルターの構築、つまり外箱作りの技術が中心でした。
そしてインテリアについてはほとんど関心が払われていませんでした。
しかし戦後欧米の生活スタイルが浸透し、和風から洋風へと推移するにつれて、庶民はその生活体験から、住み易さの勘所は、実は外箱よりも、インテリアの部分にあることを肌で感じ取ってきたのです。
それがインテリアがブームを呼んだ一つの要因と理解していいと思います。
先に住宅政策の重心は量から質へ、さらに質から快適性と健康へと変化しつつあると記述しましたが、質の向上とは住空間の機能性を高めることに他なりません。
住空間の機能性はインテリアによって左右されますから、当然のことながらインテリアの充実が当面の課題となってきます。
ここで、わが国のインテリアの現状について考えてみます。
これまでわが国のインテリアが目標としてきたところは、いかにして欧米のそれに似せるかというところにありました。
あちらのインテリアに近づけることが文化的であり、進歩的だと信じられていたからです。
残念ながら私達の椅子式生活はまだ日が浅いです。
だから欧米のスタイルを忠実に模倣する過程は、一度は通らなくてはならない道のりだったのです。
しかし、その模倣の道を歩いている間に、私達は伝統の住まいのよさを見る目が鈍ってしまったようです。
そうした環境の中で、次代を担う子供達が、はたして日本人らしく育ってくれるだろうか?という疑問を持つ人が出始めました。
美のセンスは幼児の時に訓練を受けないと身につきませんが、インテリアが現在のような混乱の状態ではたしてよいのだろうかとという反省です。
幼児教育の大切さはすでに音楽や味覚の部分で証明されています。
住まいに対する美の教育もまた同じではないか、という意見が出てきました。
私達は今こそ日本伝統のよさと、西欧の文化のよさをよく理解した上で、それをどのように組み合わせていったらよいのかを、真剣に研究していくべきでしょう。
温故知新の知恵が強く要求されています。
なおここで人材育成について委員会の中で討議された事項について付記しておきます。
委員会はインテリア産業を振興させるためにには、次の3種類の人材が必要であると考えました。
1、設計を担当する人
2、流通を担当する人
3、施行を担当する人
です。
このうち住宅を対象にして、2の業務を担当する専門家をインテリアコーディネーターと呼ぶようにしました。
ところで、インテリアには公共空間と商業空間を住宅とがあります。
これらを設計する人も必要であるところから、建設省はこれをインテリアプランナーと名づけて昭和62年から新しい資格制度を発足させました。
言うまでもありませんが、1と2とは相互に密接な関係があって、画然と区別しずらいところがあります。
その上、資格を取得した後に、自己研修によって専門領域を広げることは当然予想されますので、コーディネーターとプランナーは当初は違っていても、そのイメージが次第に重なり合ってくることは、当然の成り行きと言っていいでしょう。
− 3 − リフォーム産業
最近、増改築が注目されるようになりました。
考えてみると家というものは、新築した翌日から維持管理が始まって、改装や改修があって、増築をして、やがて建替えと繋がっていくのが普通の姿です。
住宅ストックが4.300万戸以上に達した現在では、増改築は国家的見地から見ても重要な課題であり、また住宅産業としても着目していかなければならない大きな市場です。
これまでは新築住宅(フロー)のみに関心が持たれていましたが、その蓄積数(ストック)が充足された現在では、増改築を真剣に考えていかなくてはならない時期に来ているようです。
そして、わが国の増改築の需要は、今後ますます増えていくものと思われます。
リフォームは始めは戸建住宅の小修繕から始まりましたが、最近の動向をみると2つの特徴が目に付きます。
1つは1件あたりの工事費用の急激な上昇であり、もう1つはマンションリフォームの増加です。
従来の日本の家は木造で、築後何十年か経ったら壊して建替える、という考え方が普通でした。
だから経済的にみても、各個人には大きな負担がかかっていました。
欧米ではシェルターは石造りやレンガ造りですから、半永久的で長く持ちます。
そこでインテリアだけ改装すれば、そのときどきの住まい方に合うように変えられるから、当然のことながら住まいの経済的負担は、我々の何分の一かですむことになります。
私達はいまこそ長持ちのする家を造り、リフォームによって住まいの変化に対応する技術の開発を真剣に考えるべきでしょう。
欧米ではインテリアをリフォームすることによって住まい方の変化に対応していますが、それはシェルターが石造りやレンガ造りだから可能なことです。
ところが日本のマンションは鉄筋コンクリート造りだからそうはいきません。
その上最近鉄筋コンクリートの中性化の速度が、予想していたよりもかなり早いことが話題になっています。
つまり耐久年数が短くなったということです。
世界で最も大量の鉄筋コンクリート住宅を持つわが国としては、集団住宅のリフォームは今後の重要な研究課題といわなくてはなりません。
わが国の住宅ストックの中で、集合住宅の数はいまや700万戸に達しました。
このうちマンションは240万戸です。
ただしここでマンションと呼んでいるのは、非木造3階建以上の分譲住宅を意味しています。
これらのマンションをリフォームする場合を考えると、施行上からは戸建住宅とは異質の技術が要求されます。
その上区分所有法によってさまざまな制約を受けるので、リフォームは難しい課題を含む場合が多いのが現状です。
そこで建設省は、従来から設けていた増改築相談員のほかに、平成4年度から新しくマンションリフォームマネージャー制度を設けました。
なおここでインテリア産業とリフォーム産業の関係について補足しておきます。
いまインテリアの分野では、施行技術の裏付けの乏しいことが反省されています。
新築の場合は建築家と職人さんがインテリア設計図の不備の箇所を補ってくれますが、リフォームの場合には、まず現状を調査し、どこを壊すかを決めた上で、施行も設計も自分一人で全部を解決しなくてはならない場合が多いです。
考えてみると、リフォームは既存の建物の一部を壊す、という仕事が余分に加わっているだけで、その後の住空間を構成する技術はインテリアもリフォームもまったく同じといえます。
とすれば、インテリアは施行技術をしっかり身に付けないと実際の役には立たないだろうし、リフォームも施行技術をもっと理論づけないと、産業としての発展は望めないでしょう。
住空間を人間のために本当に役立つようにつくるには、もっと地味な基礎研究が積み重ねられなくてはならないと思います。
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