■ 西洋のインテリアの歴史
− 2 − 中世
(1)ビザンチン
大ローマ帝国も3世紀末から次第に衰え始め、4世紀末に西ローマ帝国と東ローマ帝国に分裂しました。
西ローマ帝国はゲルマン民族の侵入によって滅亡しましたが、東ローマ帝国は15世紀のなかばまで続きました。
ローマのコンスタンティヌス帝は都をビザンチウムに移し、313年にキリスト教を公認しましたが、キリスト教を中心に、東ローマ帝国で形成された独自の文化がビザンチン文化です。
首都のコンスタンチノポリス(現在のイスタンブール)に建てられた聖ソフィア寺院は、最も代表的な建築です。
イタリアのラベンナにある聖ビターレ寺院もビザンチンの特色をもつ建築で、特にモザイクの壁画が有名です。
後期の代表的なものはベネチアの聖マルコ寺院で、ギリシャ十字のプランで構成されています。ローマ時代に商業の取引所や裁判所に使われていたバシリカの形式は集中式といわれる形式とともに、この時代の教会建築の基本形となりました。
ビザンチンの家具は、ローマ時代のものをものにしていますが、直線的となり、かたい印象を与えます。
象嵌や彫刻による装飾には東洋的な手法が加わり、6世紀はじめにつくられたマクシミアンの司教座は、象牙彫刻で知られています。
(2)イスラム
7世紀初めにアラビアのマホメットが開いたイスラム教は、急速に勢力を拡大し、西アジア、北アフリカ、スペインなどの広大な地域にわたりましたが、これによって出来たのがイスラム帝国です。
イスラム教は共同拝礼を原則とするため、拝礼堂(モスク)が信仰の場となりましたが、偶像を拝礼することを禁じられたことから、他の宗教美術のような人物の彫刻はみられません。
初期のモスクとしてはエルサレムの岩のモスク、サマラやコルドバのモスクなどがあります。後期の建築ではグラナダのアルハンブラ宮殿が有名です。
イスラムの生活では、床に絨毯を敷き、床座式が行われ、部屋の一隅を高くして寝台としていました。
住宅は中庭式が多く、そこに噴水や池を設けて涼をとりました。
また婦人の部屋は別にされていました。
建物も壁面や絨毯などには幾何学的模様やつる草模様が盛んに使われました。
アラベスク模様はアラビア文字の図案化から出発しましたが、後にイスラムの装飾模様の総称となりました。
建築にはさまざまな形のアーチが用いられ、アラベスクとともに、イスラムの造形を特徴づけています。
(3)ロマネスク
ビザンチンやイスラムの文化に対して、西ヨーロッパでは11世紀から12世紀にかけてキリスト教を中心としたロマネスク文化が形成されました。
ロマネスクとはローマ風のことですが、造形上の特色は古代ローマの継承に限らず、ゲルマンなどの要素も濃いです。
またヨーロッパ各地において、それぞれの地方性をもつものとして定着しました。
イギリスではこの時代の建築をノルマン様式と呼んでいます。
ロマネスクの教会建築では、石造りのボールトで内部空間を覆う技術が進みましたが、ボールト天井を支えるために壁が厚くなって、大きな開口部をとることができなくなりました。
その壁面にはフレスコが描かれたり、壁の外側を、並列した半円型のアーチで飾ることも行われました。
この連続したアーチがアーケードで、斜塔で有名なピサの大聖堂は、その最も華麗な例です。
ロマネスクの時代は石造り建築に特徴が多いですが、スウェーデンやノルウェーでは、木造の教会なども建てられました。
家具は簡素な生活を反映して、種類も少なく、主に木製の素朴なものでしたが、櫃はこの頃から特に重要な家具となって、衣類などの収納の他、腰掛けやテーブル、ベットの用を兼ねることもありました。
椅子などには旋盤加工によるひき物を使ったものが多いです。
石造りの教会や邸宅の内部には、防寒、防湿と装飾の目的で、主に東方から入ってきた織物が使われました。
この時代の装飾模様にはアカンサス、すいかずら、ぶどう、あざみなどの植物のほか、動物や幾何学的なものも用いられましたが、やや洗練さに欠けるようです。
(4)ゴシック
ゴシックとは「野蛮なゴート人の」という意味の言葉に由来していますが、12世紀前半、フランスの建築様式として始まり、13,14世紀を最盛期として16世紀まで続きました。
ゴシック様式はキリスト教の教会建築を中心に発達しましたが、都市の市民層の形成とともに、次第に市庁舎や鐘楼などの公共建築に及んでいきました。
それらの建築は今日でもヨーロッパの都市風景の中核となっています。
その建築構造上の特徴は、リヴ・ヴォールド、尖頭アーチ、フライング・バットレスなどに見られますが、構造や施工上の必要から数の多くなったリブは、装飾としての役割も果たすようになりました。
教会のプランはラテン十字を基本とし、垂直線の強調は、宗教上の効果とも関連して、この時代の造形を特徴づけています。
ゴシック様式の建築はヨーロッパ各地に見られますが、フランスではパリのノートルダム大聖堂、シャルトル大聖堂、アミアン大聖堂が特に有名です。
そのほかイギリスのソールズベリ大聖堂、ドイツのケルン大聖堂、イタリアのミラノ大聖堂などがよく知られています。
また公共建築としては、15世紀に建てられたベルギーのブリュッセルの市庁舎などがあります。
リブ構造の発達によって、窓を大きくとることが可能になり、ステンドグラスが多く使われるようになりました。
さまざまな色ガラスを鉛でつないで図柄を現す技法は、11世紀頃から見られますが、13世紀になると教会建築の装飾性の高まりとともに、その主役として内部空間を華麗なものにしました。
図柄の題材はキリスト教の聖典によるものが多いです。
ゴシックの家具には、建築の意匠と関連する形態が多いですが、框組みに薄板をはめ込む技術を取り入れることによって、表面の彫刻装飾が容易になり、大型の家具の製作も可能となりました。
また、11世紀頃に始まったギルドの制度が、手工業の技術を向上させたことも、この時代の家具の発達を裏付けています。
框には、アカンサス、唐草、渦巻き、S字模様などが彫刻され、パネルの装飾として、リネンホールド、トレーサリー、フランボワイアンなどが流行ました。家具の材料にはオーク材が多く使われるようになりました。
この時代もチェストが重要な役割を果たしました。
収納用のほか、椅子、テーブルなどの用途にも利用され、チェストに背をつけた背高椅子(ハイバックチェア)や長椅子のほか、チェストに脚をつけた形のカップボードなどもあります。
(5)中世の住まい
戦乱の時代を過ぎ平和な世の中になるにつれて、領主たちの住居は、城の天守から、より快適な居館に移りましたが、当初はまだ個人のプライバシィーは確立されず、内装も簡素でした。
都市も次第に復活し、市民に裕福な階層が現れると、貴族の城館に匹敵する邸宅も建ち、快適性も高まりました。
貴重品であったガラスが窓に使われるようにもなり、室内は一段と明るさを増しました。
また、私室の独立性も配慮されるようになりました。15世紀のフランスの銀行家ジャック・クエールの住宅はその例です。
一般市民の住宅には、木造も石造りもありましたが、1階は店や台所、作業場とし、2階を主人たちの居住部分としました。
3階以上は使用人の部屋や倉庫に利用しましたが、プライバシィの確保は十分ではありませんでした。
この時代の住宅建築を特徴づけているものに、ハーフティンバーがあります。
木の柱、梁、斜め材などを外部にあらわし、その間をレンガや漆喰で埋める構造で、イギリスに始まり、フランス、オランダ、ドイツに広まりました。
(1) ルネッサンス
中世のキリスト教会と封建領主の支配による重圧に対して、自由と人間性の回復を願う気運が強まるとともに、ギリシャやローマの古典文化の復興を目指す運動が、イタリアのフィレンツェを中心として起きました。
ルネッサンスとは再生あるいは復興の意味です。活発な商業活動によって、経済的に豊かな時代になったとう背景もあります。
1、建築
教会に代わって宮殿、城館、邸宅、別荘、劇場、病院、市庁舎などの建築が盛んになり、それらには古代建築のオーダーや、装飾モチーフが取り入れられ、シンメトリーの構成が重視されました。
建築の外観は直裁で、水平線を強調する場合が多く、階層の区分につけられた蛇腹などに特徴がみられるようになりました。
インテリアにおいても、古典的な傾向が強いです。床には大理石、モザイク、タイルの他寄せ木張りなども用いられ、大理石の砕石によるテラゾーも使われ始めました。
壁面には木の羽目板張りも行われるようになり、大きなタピスリーを飾ることも多くなりました。
また壁や天井を絵画、彫刻で豪華に飾る建築が増え、その技術は進歩しました。
この時代はまた、建築に要求される内容が高度化したため広い学識と美的感覚を備えた専門家を必要とするようになり、アーチストとしての建築家の登場を促すことにもなりました。
ルネッサンスの初期の代表建築の一つに挙げられる、フィレンツェの大聖堂のドームの設計競技に選ばれたのがブルネレスキーで、その竣工は1434年です。
ローマの聖ピエトロ寺院の基本計画はミケランジェロが中心となりました。
イタリアではパラッツォも著名な建築家の設計で数多く建築されましたが、そのインテリアは豪華に装飾されました。
16世紀前半になるとルネッサンスの理想も薄れ、古典様式に新奇さを加えるような傾向がみられます。
これをマナリズムと言っていますが、その代表的な建築家としてはバラディオを挙げることができます。
フランスは16世紀初期、フランソワ1世が、レオナルド・ダ・ビンチを招くなど、積極的にルネッサンス様式を取り入れ、特に城館の建築に特色が発揮されました。
ブロア、シャンボール、シュノンソーなどロワール河流域の城館や、フォンテンブロー宮殿などがあります。
またイギリスでは、エリザベス1世の頃ルネッサンス様式が盛んとなり、中世の貴族の城館(マナハウス)は、イタリアのパラッツォ風に変化しました。
商工業の発達で栄えた都市では、市の中心に市庁舎が建てられました。
ベルギーのアントワープやオランダのライデンなどがその代表的な建築です。
ドイツではハイデルベルグの城館などにルネッサンスの様式がみられます。
(1)ルネッサンス
2、家具
家具も古典様式を基に、装飾性豊かなものが多くなり、その配置にはシンメトリーが重要視されました。
椅子はゴシック時代の箱形から離れて、羽毛などの詰め物をして、ビロードやつづれ織りで背や座を張るものが多くなり、座り心地は向上しました。
「神曲」で有名なダンテが愛用したダンテスカや、高僧の名に由来するサボナローラは、ともにX形の脚の椅子で、この時代の特徴を表しています。
収納家具ではカッソーネと呼ぶチェストがあります。材料ではウォールナット材の利用が多くみられます。
フランスでは、16世紀後期になって、過度の装飾を抑え、洗練したスタイルのものが見られるようになりました。
カクトワールと呼ぶ婦人用の椅子はその例です。
またイギリスも国民性を反映した独自の様式に発展させましたが、イタリアのモノに比べると直線的で重厚です。
イギリスのルネッサンスの初期はチューダー王朝にあたり、チューダー様式と呼ばれますが、ルネッサンスの様式的特徴はエリザベス1世の時期のエリザベス様式になってから発揮されました。
この時代の住宅では装飾的になった暖炉を中心に、家具を配置することが多くなりました。
3、タピストリー
ルネッサンスの時代には、ダ・ビンチやミケランジェロによるものをはじめ、数多い壁画の傑作が見られますが、持ち運びのできる壁画とも考えられるタピスリーも盛んでした。
タピスリーはゴシックの時代から広く用いられるようになり、主にフランスとフランドルの都市で制作されましたが、14世紀から16世紀にかけて全盛期となりました。
大広間を飾るためには数枚のものを組み合わせる場合も多かったようです。
代表的なものに14世紀末、織師ニコラ・バタイユが制作したアンジェ大聖堂の「黙示録」や、15世紀にフランスで下絵が描かれ、ベルギーで織られた「貴婦人と一角獣」などがあります。
イタリアのものは一般的に図柄が多く、対比の強い色彩に特色がありました。
フランスのフランソワ1世はフォンテンブロー宮殿にタピスリーの工房を作りましたが、その技術は後のゴブラン織りに引き継がれていきました。
イスラム文化の影響が大きかったスペインは、16世紀ごろからペルシャ絨毯をもとにしたアラベスク模様のカーペットを生産しました。
(2)バロック
16世紀初め、マルティン・ルーテルの宗教改革を契機に力を強めていった新教に対して、ローマ法王庁は反宗教改革を断行しました。
一方、列国の君主たちは資本家と提携して、支配体制の確立を図りました。
このような時代を背景にして、カソリック教会と専制君主の宮廷を中心に、17世紀から18世紀にかけて栄えた芸術様式がバロックです。
バロックはイタリア語のバロッコ(いびつな真珠)に由来する名称で、ルネッサンスの厳格な規則を離れ、躍動的な造形表現をしましたが、ルネッサンスとバロックの様式上の明確な境界はありません。
1、建築
カソリック教会の権威を示したローマ・バチカンの聖ピエトロ寺院の劇的効果に満ちた造形は、バロック様式の出発点でもありました。
バロックの時代には、装飾への関心はいっそう高まって華麗さを増し、特に教会と宮殿の建築に特色を発揮しました。
聖ピエトロ寺院の実施設計の主要な役割をはたしたカルロ・マデルナが設計したローマの聖スザンナ寺院は、その代表的な建築と言われ、明暗の効果や列柱の扱い方にも特徴があります。
イギリスのこの時代のものには、ロンドンのセントポール寺院があります。
宮殿建築では、聖ピエトロ寺院の祭壇や、広場の列柱の構成でも知られるベルニーニが設計したパラッツォ・オデルカルキなどがありますが、もっとも有名なのは、フランスのルイ14世が建造したベルサイユ宮殿でしょう。
その建築設計は、主にアルドアン・マンサールが担当しました。
住宅建築では、大きな変化は見られず、都市の邸宅における、目的別の部屋の分化も、イギリス以外では遅く、フランスで専用の食堂がみられるようになるのは17世紀後半からです。
2、室内装飾
イタリアのパラッツォの内部の装飾は、躍動感のある華やかなもので、大広間と寝室が格式を示す部屋として重視されました。
壁面は、壁柱、軒蛇腹、フレスコ画、タピスリーなどで装飾され、天井も天井画や繰形を多く用いました。床は色大理石のモザイク張りでした。
また階段室が華やかに構成され、工夫が凝らされるようになったのもこの時代の特色です。
フランスではルイ13世の頃から、壁画を枠組み鏡板張りとし、これに彫刻を施したり、布張りをするようになり、大形の鏡を取り付けることも始まりました。
床には寄せ木張りが多く用いられるようになりました。
ルイ14世はベルサイユ宮殿の造営に際し、1662年つづれ織りで名をあげていたゴブランのパリのアトリエに、家具などの工場も併設して王立の施設とし、宮廷画家のシャルル・ル・プランに統率させました。
ル・プランが手がけた装飾はベルサイユ宮殿の「礼拝堂」「戦争の間」「平和の間」などに見ることができますが、「鏡の間」の円形天井では、彫刻と絵画を混用した構成手法を使っています。
(3)家具
イタリアの家具は、さまざまな彫刻がほどこされ、彫刻作品としての性格を強めました。中でもベネチアの彫刻家アンドレア・ブルストロンの椅子や燭台ははその代表的なものです。
ルネッサンスに流行したカッソーネに代わって、大型の衣装戸棚やコンモード(たんす)が使われるようになりました。
フランスでは、古典様式の名のこりをとどめたルイ13世時代から、ルイ14世の時代になって、装飾芸術の一つの頂点ともいえる華麗な様式が定着しました。
これがルイ14世様式です。王侯貴族のための家具には黒壇、べっこう、黄銅、象牙などの象嵌が用いられたり、金、銀のメッキを施したものもあります。
ルイ14世の宮廷家具師だったアンドレ・シャルル・プールはその代表的な作家で、プール様式と呼ばれています。
椅子の張り地やベットにはゴブラン織りが使われ、室内の様式と一体の効果を上げました。
また、この時代の特徴ある家具として、コンソール(壁際に設置される飾り台)があります。燭台、ついたて、置き時計などを置くことも流行しました。
イギリスでは、フランスのルイ13世の時代とほぼ同じ頃の様式をジヤコビアンと呼んでいますが、ジャコビアン様式の家具は、スパイラル状のねじり脚や、らっきょう形などのひき物に特徴があります。
ルイ14世の様式に対応するイギリス・バロックの家具は、1660年の王政復古後に始まり、フランスの他オランダにも影響も強いです。
この様式をウイリアム・アンド・マリー様式といっています。家具材にはウォルナットが多く、表面には寄せ木などの象嵌の技術が駆使されました。
また、17世紀にフランスから亡命した装飾家のダニエル・マローは、ルイ14世様式をイギリスの上流階級に広めました。
スペインでは17世紀後半にチュリゲレスと呼ぶ独特の様式がみられました。
(4)工芸
この時代はさまざまな工芸の領域でも、輝かしい成果が見られます。
ガラス工芸は、ベネチアが中心で、多用な意匠をこらした製品が作られました。フランスではベネチアの技術を導入して、特に鏡の製作に力を入れましたが、精度の高い磨き板ガラスもつくれるようになりました。
陶器では、乳白色の地にコバルト色で絵付けをしたもので知られるデルフト陶器が盛んでしたが、器類の他タイルの生産も多かったです。
デルフト陶器は16世紀マジョリカ陶器の製法の導入に始まり、17世紀には中国や日本のものの影響も強くなりました。
ヨーロッパにおける壁紙の利用は、16世紀から見られるようになりましたが、17世紀後半に至って、パターンを連続的に反復する方式が生まれ、普及するようになりました。
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